厚生労働省がまとめた平成30年度の地方労働行政運営方針の確認はこれで最後です。今回は労働保険適用徴収担当部署の重点施策と東日本大震災からの復興への支援です。締めくくりとして、筆者の所感を最後に少しだけ述べたいと思います。
労働保険適用徴収担当部署の重点施策
- 労働保険の未手続事業一掃対策の推進
- 労働保険料等の適正徴収等
- 収納率の向上
- 実効ある効果的な算定基礎調査の実施
- 電子申請の利用促進等
- 口座振替納付の利用促進
- 労災保険率等及び雇用保険率の周知徹底
東日本大震災からの復興への支援
- 被災地の本格的な雇用復興のための産業政策と一体となった雇用面の支援
- 原子力災害の影響による失業者の雇用機会創出への支援
- 福島避難者帰還等就職支援事業
- 電離放射線による健康障害防止対策
- 東電福島第一原発等における放射線障害防止対策の徹底
- 除染等業務、特定線量下業務及び事故由来廃棄物等処分業務の従事者の放射線障害防止対策等の徹底
- 復旧・復興工事災害防止対策の徹底
東日本大震災からの復興はいまだ途上であり、福島第一原発の廃炉作業もまだ続きます。地域雇用へのサポート並びに廃炉作業等による健康被害の予防には十分な手を尽くすことが必要であり、我々は被災地のことを忘れてはならないと、改めて強く思う次第です。
<所感>労働政策の一貫性・整合性を望む
副業・兼業の促進が重点項目に掲げられていますが、企業間や行政で労働時間を共有する仕組みが整備されておらず、制度面の下準備もなしに促進すれば過重労働の問題が発生しかねないことは明らかです。過重労働対策を重点項目に掲げていながら、過重労働の原因となり得る副業・兼業の促進というのは理解に苦しむところです。
ジョブ・カードの活用が重点項目とされています。ジョブ・カードは平成20年度ごろからスタートしていますが10年経った今でも認知度が低く、統計情報を調べてみたところ、2017年8月時点でジョブ・カードの取得者数は約182万人となっています(第6回ジョブ・カード制度推進会議 参考資料1 ジョブ・カード制度の推進状況(実績))。総務省統計局の労働力調査によれば、平成29年度平均の就業者数は6566万人ですから、就業者の約2.7%がジョブカードを所持しているにすぎず、企業側で採用や人材育成への活用を検討することすら、あまりないのではないかと思われます。このように広がりを見せていないジョブ・カードを重点項目としているあたり、厚生労働省の執念を感じます。
ジョブ・カードは職業能力を獲得することで安定した雇用に繋げる目的でスタートしていますが、平成27年からはジョブ・カード制度のコンセプトに「キャリア・プランニング」「職業能力証明」などの文言が並び、在職者もターゲットに加えられています。また、平成30年度の重点項目には副業・兼業の促進が挙げられています。これらの重点項目からは、自身のキャリアや能力開発に対しては労働者自身が責任を持ち、職務基準の人事制度をベースに転職を通じてキャリアアップを図る社会が根底でイメージされているように感じられます。将来のゴールを設定し、自身の現有能力及び自己実現のために不足する能力や実績を把握し、転職あるいは兼業・副業でそれら能力や実績を獲得しゴールを目指す。労働移動が比較的多く発生する制度です。
その一方で、多様な正社員や正社員転換制度の普及という、正社員に強くこだわる政策が同時並行に行われています。そもそも正社員の明確な定義は無いところですが、一般的には職務無限定で会社側に強力な人事権が認められる一方で、長期間に渡る雇用が約束された働き方、労働契約であると言えるでしょう。正社員という働き方においては、能力開発は教育訓練という形で主に使用者が責任をもって行い、よって自身の能力を自ら把握する必要性は高くありません。また、キャリアは使用者が検討・決定し、労働者が自らのキャリアを計画する余地はあまりありません。能力開発やキャリア・プランニングを使用者が行うため、転職する必要性があまりないのです。労働移動があまり発生しない制度と言えるでしょう。
兼業・副業の推進やジョブ・カードの活用といった重点項目は、労働行政において相反する政策が同時並行に行われている実情を垣間見せていますが、これらは労働政策の一貫性・整合性が欠如している現状のほんの一例にすぎません。労働政策のねじれによって、使用者側・労働者側ともに頭を日々悩まされているのが実態です。労働政策は国民一人一人の生活に直結する問題であるために簡単に答えが出せるものではありませんが、行政はしっかり政策立案をサポートし、政府が強いリーダーシップを発揮して労働政策の整理を行ってもらいたいものです。
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