食堂が用意できないために、デスクワークをする従業員については自席で食事を取ることを認めている(黙認している)ことがあるかと思います。また、食事まではいかずとも、休憩時や残業時にちょっとしたお菓子類を自席で食べるぐらいのことは許容されていることが多いのではないかと思います。
自席での飲食について普通はあまり問題になりませんが、食べかすやゴミがデスク周りに散乱していたらどうでしょうか?あるいは、軽食やお菓子類が大量にストックされたデスク周りに虫が発生した場合はどうでしょうか?おそらくほとんどの方が不快に感じるかと思いますが、会社として注意、指導、懲戒処分をすることに問題はないでしょうか?
服務規律違反として対処する
就業規則には服務規律が定められていることが一般的です。しかし、「自席で飲食した際は、デスク周りに食べかすやゴミが残らないようにすること。」まで具体的に定めていることは極めて稀でしょう。
しかしながら、次のような内容は大抵の場合は定められているかと思います。
- 「職場の整理整頓に努め、常に清潔を保たなければならない」といった整理整頓・清潔保持に関する定め
- 「会社の施設や設備は丁寧に取り扱わなければならない」といった施設・設備管理に関する定め
- 「その他従業員としてふさわしくない行為をしてはならない」といった包括的定め
デスク周りに食べかすやゴミが散らかっていたり、ストックしている食品周りに虫が発生することは、上記1の清潔保持に違反しますし、デスク周りを汚損しているとの考えで上記2に違反する可能性もあります。また、本件で問題となっている行為・状態は、一般的に「従業員としてふさわしくない」と言えるものですので、上記3にも違反するものと考えられます。
そして、服務規律には「会社の諸規則や上司の指示・命令に従い、互いに協力して職場秩序の保持に努めなければならない」といった職場秩序の保全に関する定めも大抵は定められているものです。
デスク周りの食べかすやゴミ、あるいは虫が発生している状況は、まさしく職場秩序の保全に関する問題であり、これらを根拠に注意・指導を行うことは可能であると考えられます。
就業規則がなければ注意・指導できないか? ~①企業秩序維持と遵守義務~
それでは就業規則を定めていない場合(※)に注意・指導をすることはできないのでしょうか?
※常時使用する従業員が10名未満の場合は作成の義務は生じません(労働基準法第89条)
この点、富士重工業事件(最高裁三小 昭52.12.13判決)では、「企業秩序は、企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであ」るとし、「企業秩序に違反する行為があった場合には、その違反行為の内容、態様、程度等を明らかにして、乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示、命令を発」することができると示しました。
また、同最高裁判例では「労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることによって、企業に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序順守義務その他の義務を負う。」とも判断しました。
つまり、企業秩序維持とその遵守義務は、労働契約に内在する当然の権利・義務であると言えます。従って、就業規則が作成されていない場合であっても、デスク周りの食べかす・ゴミや虫が発生している状況が、客観的に企業秩序を乱しているものと認められる場合は、注意・指導を行うことが可能と言えます。
就業規則がなければ注意・指導できないか? ~ ②安全配慮義務~
労働契約法第5条には「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定められており、使用者は従業員が安全に働くことができるようにする義務を負います。なお、ここでいう「安全」には「健康」や「衛生」の概念を含むものと理解されています。
食べかすやゴミ、あるいは虫の発生は、当然ながら不衛生な状態であることから、健康的に働くことのできる職場環境を維持・回復するために、注意・指導を行うことが可能であると考えます。
また、ストックした食品がデスク下の空間を著しく占拠している結果、地震等が発生した際にデスク下へ避難することが困難な状況になっているのであれば、災害発生時等の安全確保を根拠に注意・指導を行うことは可能であると考えます。(なお、広義には安全配慮義務も企業秩序に含まれると考えられます。)
注意・指導に従わない場合 懲戒処分は就業規則に規定されていることが必要
前記の富士重工業事件では、企業秩序に違反する行為があった場合に「制裁として懲戒処分を行うため、事実関係の調査をすることができる。」としました。
さらに、国鉄札幌運転区事件(最高裁三小 昭54.10.30判決)では、企業秩序に関する規則や指示・命令に違反する場合に、「企業秩序を乱すものとして、当該行為者に対し、(中略)規則の定めるところに従い制裁として懲戒処分を行うことができる。」と判断しました。
このように過去の判例からは、労働契約の本質として企業に懲戒権があることを認める一方で、実際に懲戒処分を行うためには就業規則等に具体的事由を定めることが必要としています。
また、フジ興産事件(最高裁二小 平15.10.10判決)では、就業規則が「拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が取られていることを要する」としており、懲戒処分について就業規則に定めるだけでは足りず、懲戒処分を定めた就業規則が周知されていることも必要であるとしました。
そして、上記フジ興産事件では、「あらかじめ就業規則において懲戒の種類及び事由を定めておくことを要する」としており、懲戒処分に該当する事由を具体的に定めておくことも必要であるとしています。
以上から、就業規則にはできるだけ具体的な懲戒事由を定めることが望ましいのですが、しかしながら、本件食べかすやゴミ、あるいはストックした食品に虫が発生することまで就業規則に定めておくことは現実的ではありません。
従って、就業規則に定める懲戒事由には、「その他上記に準ずる程度の不都合な行為等があった場合」といった包括規定を必ず定めて下さい。
懲戒処分についてその他の注意点
労働契約法第15条には「懲戒が、(中略)客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と定められています。
食べかすやゴミ、虫の発生に対して、注意・指導を行わずにいきなり懲戒処分をすることは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないと考えられるため、不適当であると考えられます。まずは、注意・指導を行い、それでも改まらない場合にはじめて懲戒処分を検討すべきです。
また、懲戒処分の程度についても本件に関して最初から出勤停止や懲戒解雇といった重い処分は不適当であり、譴責や戒告といった軽い処分にすべきでしょう。(但し、注意・指導や軽い懲戒処分を繰り返し行っても改善されない場合は、より重い懲戒処分に移行することはあり得ます。)
その他、懲戒処分をするにあたって「懲罰委員会の開催」等の手続きを定めている場合は、手続きを省略しないように気を付けましょう。手続き違反で懲戒処分が無効となるおそれがあります。