総務省による令和3年度の調査によると、スマートフォン等のモバイル端末の世帯保有率は96.8%と極めて高い率を示しています。それに伴い、いわゆる歩きスマホが原因の事故が度々報道されている状況です。
業務中にも歩きスマホによる事故が発生する可能性があるわけですが、果たして労災保険の対象になるでしょうか?
労災保険適用の判断基準
労災保険は業務上の怪我・病気に対する補償制度ですが、業務上か否かの判断は「業務遂行性」と「業務起因性」の両方が認められる必要があります。
<業務遂行性とは>
業務遂行性とは「事業主の支配下にある」ことを意味します。会社内で業務に従事している時間はもちろんのこと、出張先で業務に従事している時間、会社内で休憩時間を過ごしている時間やトイレに行く時間、始業前・終業後に会社内で行動している時間も「事業主の支配下にある」と言えます。(なお、出張先のホテルで休んでいる時間や、終業後に長時間にわたって同僚と雑談していた場合等、事業主の支配下にないと判断される場合もあります。)
<業務起因性とは>
業務起因性とは「業務遂行に伴う危険が現実化したものと認められること」を意味します。例えば、カッターナイフで紙の裁断作業をしていた際に誤って指を切って怪我をしたとすると、カッターナイフで紙の裁断をするという業務に伴う「指を切るという危険」が現実化したことになります。
歩きスマホで転倒して怪我の場合は?
それでは、歩きスマホで転倒して怪我をしたことに業務遂行性と業務起因性があてはまるか検討してみます。
<業務遂行性について>
まず業務遂行性ですが、歩きスマホをしていたのが社内での業務中である場合はもちろんのこと、社内で休憩していた場合や出張先で業務をしていた場合であっても、基本的には業務遂行性が認められるでしょう。
仮に、歩きスマホ中に私的なメッセージの送受信やインターネットサイトの閲覧を行っていた場合であっても、私的なチャットに要した時間は労働時間にあたる(=使用者の支配下にある)と判断されたもの(ドリームエクスチェンジ事件 東京地裁 平成28年12月28日判決)があることから、業務遂行性が認められる場合があるのではないかと思います。(なお、上記の裁判例は時間外労働の有無を争っており、労災保険の適用を争ったものではないことを補足します。)
<業務起因性について>
次に業務起因性ですが、歩きスマホで業務メールを確認していた場合などは、メールの内容を確認するという業務に伴う危険が現実になったわけですから、業務起因性があると言えます。
一方で、歩きスマホ中に私的なメッセージの送受信やインターネットサイトの閲覧をしていた場合は、業務に起因するとは言えないと考えられます。
<結論>
従って、結論としては、歩きスマホ中に業務メールの確認等をしていた場合は業務遂行性と業務起因性の両方を満たすため労災保険が適用されると考えられます。
一方で、歩きスマホ中に私的なメッセージの送受信等の私的行為をしていた場合は、業務遂行性(=使用者の支配下にある)が認められても業務起因性は認められず、労災保険が適用されないと考えられます。
なお、労災保険の適用は個別具体的に判断されるため、必ずしも上記の判断が正解とは限りませんこと、ご了承ください。