少し前からの自転車ブームや新型コロナを受けての公共交通を敬遠する動き等によって、自転車通勤のニーズが増えているかと思います。
適度の運動になるということで、健康経営の観点から自転車通勤を推進する企業もあるほどですが、何事も良い面ばかりというわけにはいきません。自転車通勤のリスク管理ができているか、是非一度点検してみて下さい。
自転車通勤 事故と使用者責任
従業員が通勤途上で事故を起こして第三者に損害が発生した場合、使用者責任(民法第715条)や運行供用者責任(自動車損害賠償保障法第3条)を根拠に使用者に賠償責任が発生する場合があります。
後者の運行供用者責任は自転車には適用されないため、「使用者責任」の内容を確認してみましょう。使用者責任が認められるのは、次の3つの要件を全て満たす場合です。
- ある事業のために他人を使用する者であること
- 事業の執行についてと言えること
- 被用者が第三者に加えた損害が存すること
従業員の通勤途上での自転車事故であれば上記1の要件を満たすことは明らかですし(※)、第三者に損害が生じていれば上記3の要件も満たします。
※日頃から出入りしている業者であっても、日常的に自社従業員のように指示を出したりしている場合は「使用関係」が認められる可能性があります。
間違いやすいのが上記2の「事業の執行について」です。従業員が仕事中に事故を起こした場合は、当然「事業の執行について」に当てはまるのですが、被害者保護を目的として「事業の執行について」は広く解釈されています。
具体的には、従業員の仕事中の行為でなくても、行為の外形から見て仕事中であるかのように見える場合は、「事業の執行について」に含まれるという判決があり(最高裁三小 昭和46年12月21日判決)、外形標準説と呼ばれています。
自転車通勤中の事故について、通勤は原則として「事業の執行について」に当てはまらないため使用者責任が問われることはありませんが、外形標準説の考え方があるため使用者責任が絶対に問われないとは言い切れないところです。
自転車保険は最低限必要
自転車事故というと軽い事故をイメージしがちですが、実際には相手が大怪我を負って障害が残ったり、死亡したりするケースもあります。過去には9500万円余りの賠償を命じる判決(神戸地裁 平成25年7月4日判決)があり、この他にも数千万円の賠償を命じる判決が多数あることから、高額賠償のリスクを認識する必要があります。
このことから、少なくとも補償額が1億円以上の自転車保険に加入していることが、自転車通勤をする上では必要最小限の備えと言えるでしょう。会社の使用者責任が原則として認められないとしても、使用者責任が認められる可能性がゼロではありませんので、会社としても自転車保険の加入を強く推奨するべきです。できれば、自転車通勤を許可制として、許可する条件として、補償額1億円以上の自転車保険加入を定めるなどするべきです。
なお、自転車保険の中には業務中の事故については免責としているものがありますので、自転車通勤しているからといって通勤自転車を業務に使用させることは差し控えるべきでしょう。通勤自転車を業務にも使用させるのであれば、使用者の側で施設所有(管理)者賠償責任保険に加入しておく等の備えをしておくべきでしょう。
許可制の採用や安全運転教育も
先ほども少し触れましたが、自転車保険への加入やヘルメットの着用等を促すためにも、自転車通勤は許可制とすることが望ましいでしょう。(企業によっては駐輪スペースの関係で許可制が必要な場合もあるでしょう。)
また、可能であれば自転車の安全運転教育も定期的に行うことが望ましいところです。自転車と歩行者の事故では、過失割合が「自転車9:歩行者1」や「自転車10:歩行者0」とされることも珍しいことではありませんが、認知度は低いように思われます。地域によっては新たに自転車通行帯が設けられる等の変化もありますので、安全に自転車通勤を行うためには、知識を最新にアップデートしつつ、定期的に気を引き締めることも重要ではないでしょうか。