働き方改革やコロナ禍など、様々な原因で残業時間が減少している企業もあるのではないかと思います。
固定残業手当を支払っている企業の場合、残業時間の減少に伴い、固定残業手当の過剰感を感じる場合もあることでしょう。
そこで今回は、固定残業手当の減額変更や廃止が可能か検討してみます。
固定残業手当とは
労働基準法では、一定の条件のもとで労働させた場合に、同法で定める割増率以上で計算した割増賃金を支払わなければならないとされています。
- 法定時間外労働(60時間/月 以下)・・・25%以上
- 法定時間外労働(60時間/月 超)・・・50%以上
- 法定休日労働・・・35%以上
- 深夜労働・・・25%以上
労働基準法が求めるのは、同法で定める基準以上の割増賃金が支払われることですから、割増賃金の算出方法や支払方法がどのようなものであっても、結果として労働基準法で定める基準以上の割増賃金が支払われていれば構わないとされています。(通達:昭24.1.28 基収3947号、関西ソニー販売事件:大阪地裁 昭63.10.26判決 など)
従って、割増賃金として毎月一定額の手当を支払っておき(※)、法所定の計算方法によって計算した割増賃金に対して不足が生じた場合には、その差額を追加で支払うという方法も認められています。
※割増賃金として支払われる手当と、その他の賃金・手当は明確に区別しておく必要があります。
この割増賃金として支払われる毎月一定額の手当のことを「固定残業手当」や「定額残業手当」などと呼ぶ場合があります。
不利益変更の問題
労働契約法第9条には「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。」と定められており、固定残業手当の減額変更や廃止が不利益変更に該当する可能性を検討しなければなりません。
そこで、次のような事例で検討してみたいと思います。
固定残業手当が残業30時間分相当から10時間分相当に減額され、20時間の残業をした場合です。
この場合、旧制度では30時間分の割増手当が支払われていたところ、新制度では20時間分の残業手当だけが支払われるます。従って、支払われる手当としては残業10時間分(青の部分)の減少となります。
固定残業手当の過剰感が原因で固定残業手当の減額に踏み切ったとすると、実際の残業時間が30時間未満(というよりむしろ30時間よりずっと少ない)となる社員が大半と考えられ、多くの社員にとっては毎月の賃金が大幅に減少することになり得ます。
以上のことから、この事例においては不利益変更に該当し、不利益の度合いも大きいと言えるでしょう。
固定残業手当は減額・廃止できないのか?
それでは、固定残業手当の減額・廃止を行うためにはどうすればよいのでしょうか?
労働契約法第8条には「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」と定められています。
また、同法第10条には「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」と定められています。
従って、実務としては、固定残業手当の減額・廃止の必要性を社員へ十分に説明した上で、可能な限り経過措置や代替措置を設けるなどして、就業規則の変更と個別の合意取り付けを行うことで、固定残業手当の減額や廃止をすることは可能であると考えます。
具体的な経過措置や代替措置としては、数年掛けての段階的な引き下げや、固定残業手当減額分の基本給や他の手当への振り替え等があります。
実際に、働き方改革の取り組みの結果として残業時間が減少したケースでは、生産性が向上したと捉え、固定残業手当の減額分相当の基本給引き上げを行っている実例があります。
一方、コロナ禍の影響で残業時間が減少しているケースであれば、固定残業手当の減額・廃止を「時限措置」として変更の合理性を確保し、社員個々の合意を得ていくことが考えられます。