気になる書類送検事案がありましたので、まずはそのご紹介からしたいと思います。
A社は通勤手当を割増賃金の計算に算入していませんでした。しかし、愛知県の刈谷労働基準監督署は、A社が通勤手当の名目で支給していた金額は割増賃金の計算に算入する必要があったと判断しました。その結果、割増賃金の支払いが不足することになり、労働基準法第37条(割増賃金)違反の疑いで書類送検しました。
労働基準法第37条第5項には「第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。」と明記されているにもかかわらず、刈谷労働基準監督署の判断には驚かれた方もいらっしゃることかと思います。刈谷労働基準監督署は、今回なぜこのような判断をしたのでしょうか?
実はA社では実際の通勤距離や費用に関係なく、定額で通勤手当を支払っていました。この点について、通達(昭和22年9月13日 基発17号)では「家族手当、通勤手当及び規則第二十一条に掲げる別居手当、子女教育手当は名称にかかわらず実質によって取り扱うこと。」と定めており、A社が支払っていた通勤手当が実際に通勤に要する費用とかけ離れていたことから、実質として通勤手当には当たらないと、刈谷労働基準監督署は判断しました。
結果的に通勤手当が一律の金額になってしまう(例えば、全ての従業員が会社から2㎞以上10㎞未満の自動車通勤をしており、所得税法上の非課税限度額である4,200円で金額が揃ってしまっている場合など。)場合があるかと思いますが、この場合は、実際に通勤に要する費用とかけ離れているという実態がないので、割増賃金の計算に通勤手当を算入する必要はありません。
色々な企業の給与を見ていますと、意外に「通勤経路を申告させていない・把握していない」ことがあります。この場合、通勤手当の額が適切であるか否かの判断ができませんし、場合によっては、A社のように割増賃金の計算に算入する必要が出てきてしまいます。通勤手当は、通勤経路を申告させたうえで、適切な金額を支払うようにしましょう。
なお、家族の人数に関係なく一律で支給している「家族手当」や、住居に要する費用に関係なく支払われている「住宅手当」についても、割増賃金の計算に算入することが必要になりますので、これらの手当を支給している場合は、一度点検してみることをお勧めします。