以前と比べて副業・兼業が普通になってきていますが、長時間労働や連続勤務による健康障害(脳・心疾患、精神障害など)のリスク管理は使用者にとって重要なテーマです。今回は、複数の就業先での業務負荷が重なって発症したケース(複数業務要因災害)と、労働基準法19条の解雇制限の関係を、実務の視点で整理します。
1. 過労死等の範囲と認定の考え方
- ここで言う過労死等は、過重労働による脳・心臓疾患および精神障害です。
- 労災認定では、脳・心臓疾患と精神障害でそれぞれ認定基準が定められ、長時間労働・連続勤務は代表的な負荷要因です。
- 複数事業労働者の事案では、まず各就業先ごとに単独で業務起因性が成立するかを検討し、単独での業務起因性が成立しない場合に総合評価が行われます。
2. 労基法19条の解雇制限
労基法19条1項は、
労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間(中略)は、解雇してはならない。
とする絶対的解雇制限です。(一部例外として、①打切補償を支払った場合および②天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合は解雇制限が解除されることが定められています。)
ここで言う19条1項が適用される範囲は、次のとおり整理されます。
- 対象となる傷病は「業務上」のものに限られます(私傷病は含まれません)。
- 通勤災害は業務外の災害であり、解雇制限の対象外です。
- 複数業務要因災害で、どの就業先も労基法上の災害補償責任を負わないと整理される場合は、19条1項の解雇制限の対象になりません。
- 19条1項の「30日間」は、「出勤し得る状態に回復した日」から起算されます。
したがって、19条1項が適用されるのは「業務上傷病による休業+その後30日間」に限られます。
3. 複数業務要因災害と解雇制限の関係
複数業務要因災害(本業と副業の双方の負荷が重なって発症)については、各就業先単独では業務上の因果関係が成立しないことが前提であるため、いずれの就業先も労基法上の災害補償責任を負いません。(令2.8.21 基発0821第1号)
この場合、労災保険から支給されるのは「複数事業労働者療養給付」(労働者災害補償保険保険法20条の2)であり、通常の療養補償給付(労働者災害補償保険法12条の8)ではありません。
結論:
- 労基法19条1項の解雇制限は原則かかりません。
- よって、19条1項但書に規定のある「打切補償」の論点自体が問題になりません。
- もっとも、解雇の有効性(労働契約法16条)は別問題として残ります(後述)。
4. (補足)打切補償で解雇制限解除の場面はほとんど無い
19条1項但書は、
- 打切補償(労基法81条)を支払った場合
- 天災事変等で事業継続が困難な場合
に解雇制限が解除されると定めます。
しかし実務においては、「療養の開始後3年を経過した日において傷病補償年金を受けているか、3年経過後に傷病補償年金を受けることとなった場合には打切補償を支払ったものとみなす(労働者災害補償保険法19条)」との規定があるため、実際に打切補償を支払って解雇制限を解除することは極めて稀です。
5. 災害補償責任を負わない場合でも、解雇有効性の審査は必須
複数業務要因災害で労基法19条の解雇制限がかからない=直ちに解雇OKではありません。解雇には常に労働契約法16条(解雇の必要性、客観的合理性、社会的相当性、解雇手続きの妥当性、代償措置の有無など)の審査が伴います。とくに健康問題・長期欠勤・能力不全・勤務状況悪化などを理由とする場合、次のようなポイントを慎重に検証することが不可欠です。
- 就労可能性の医学的把握(主治医の所見、産業医意見、就業上の措置提案の検討など)
- 配置転換・業務軽減・在宅・短時間等の合理的配慮の検討・実施等
- 復職支援フローの整備・運用(試し出勤、段階復職、評価記録など)
- 就業規則・休職規程の明確性と適切運用(休職期間満了と退職・解雇の峻別、手続の適正など)
- 解雇回避努力義務(休職延長、配置替え、教育訓練等の検討経過など)
- 手続的公正(本人への説明・意見聴取、記録化など)
- 代償措置(再就職支援の措置、一時金の支払いなど)