会社主催の忘年会で食中毒が出た場合、労災になるか?
結論から述べると次のとおりです。
- 一般的な「自由参加の慰労・親睦忘年会」は、原則として労災にならない
- ただし、
- 会社の事業活動と密接に結びついている
- 参加が実質的に仕事と同じ扱い
と評価される場合には、労災となる可能性があります
以下、労務担当初心者にも分かるよう、ポイントを整理します。
1.労災(業務災害)の基本と会社行事
労災保険法は、「労働者の業務上の負傷・疾病等」を保護の対象としています(労災保険法7条1項)。
そして業務上の負傷・疾病等に当たるかは、次の2点で判断します。
- ① 会社の支配下にあったか(業務遂行性)
- ② 仕事が原因といえるか(業務起因性)
運動会・宴会・忘年会などの会社行事について、行政解釈(平成18年3月31日 基発第0331042号)では原則として「慰安・親睦」が目的の行事は業務外とされる一方、
- 事業運営上必要といえる行事
- 実質的に参加が強制されている行事
- 幹事・世話役が「仕事として」関わっている部分
については、例外的に業務災害と認められる余地があるとされています。
2.忘年会に関する主な裁判例の方向性
2-1 典型的な「慰安忘年会」は業務外(福井労基署長事件 名古屋高裁金沢支部 昭和58年9月21日判決)
- 会社全額負担でホテルにて忘年会
- 目的は「慰安・親睦」で業務的な内容なし
- 参加は任意で、欠席しても不利益なし
このような事情のもと、忘年会後の事故について、通常の慰安目的の忘年会で事業主の支配下にはないとして、業務遂行性を否定し、業務上災害に当たらないと判断しました。
⇒ 一般的な「自由参加の慰安忘年会」は、これに近い扱いになると考えておくのが現実的です。
2-2 事業活動と密接に結びつく行事は業務性が肯定され得る(国・行橋労基署長事件 最高裁二小 平成28年7月8日判決)
- 研修の一環としての歓送迎会
- 参加者は業務を一時中断して作業着のまま途中参加
- 会社の指示色が強く、参加しないことが事実上困難
- 会の終了後に業務を再開するため工場へ戻る途中、ついでに研修生をアパートへ送る過程で交通事故
といった事情から、業務遂行性と業務起因性を認め、業務上の災害と認定されました。
⇒ 同じ「飲み会」でも、
- 事業活動との結びつき
- 参加の自由度(実質強制かどうか)
によって、結論が変わることが分かります。
3.食中毒を「業務上疾病」と見るときの考え方
食中毒は負傷ではなく「疾病」として扱われます。
労働基準法施行規則35条別表第1の2では、
- 病原体による疾病(第6号)
- その他業務に起因することの明らかな疾病(第11号)
が業務上疾病に含まれています。
また、使用者の支配下にある状態(給食・社員食堂など)での食中毒については、
- 会社の施設・給食に原因がある食中毒は業務上疾病として取り扱う(昭和26年2月16日 基災発111号)
と整理されています。
忘年会の食中毒でも、
- そもそも忘年会への参加が業務かどうか
- その食事が原因といえるか(他の参加者の発症状況、保健所の調査等)
の二段階で考えることになります。
4.会社主催忘年会での食中毒:よくあるパターン別整理
パターンA:自由参加・業務と切り離した一般的な忘年会
- 参加は完全自由、欠席しても一切不利益なし
- 就業時間外に開催
- 目的は慰労・親睦のみ
このケースでは、福井労基署長事件と同様に、
原則として業務外 → 食中毒も労災としては扱われない
と整理するのが通常です。
パターンB:業務の一環として位置づけられた忘年会
- 所定労働日に開催し出勤扱い
- 不参加には理由の説明や有休消化を要求
- 経営方針説明や表彰など、明確に事業運営と結びついている
この場合は、行事自体が事業運営上必要で、参加も実質強制と評価されやすく、食中毒が業務上疾病となりうるケースになります。
パターンC:幹事・運営担当として「仕事として参加」している場合
忘年会そのものが業務外でも、
- 総務担当が職務として会場選定・受付・進行・会計を行う
- 上司から明示的に「業務として幹事を命じられている」
といった場合は、その幹事本人については、食中毒が業務災害と評価される可能性が高いでしょう。
5.実際に食中毒が疑われる場合の実務対応
5-1 健康被害・原因調査への初動
- 医療機関受診・救急対応の指示
- 保健所・店舗との連携(同じ料理を食べた者、症状の出方など)
- 社内記録(出席者、案内文の内容、当日の状況)
ここまでは、労災かどうかにかかわらず必要な対応です。
5-2 労災として扱うかの判断
- パターンB・Cのように「業務性あり」と考えられる場合
- 治療や休業の補償を会社が行うのか、労災申請するのかを検討し、被災労働者に説明。
- 会社で補償する場合は、治療費を全額会社が支払い、休業補償(少なくとも平均賃金の60%以上。できれば労災保険による補償との均衡を図る上でも80%以上が望ましい。)も行う。但し、被災労働者が労災保険の申請を希望する場合は、そちらで進めましょう。(労働者側に労災申請の権利があります。)
- 労災申請を進める場合は、申請に協力します(事業主証明欄の記載等)。なお、被災労働者による申請が原則ですが、双方合意の上で、被災労働者に代って会社が書類作成から労働基準監督署への提出まで行っても良いでしょう。
- 1日以上の休業が発生すれば、「労働者死傷病報告(業務上)」を管轄の労働基準監督署へ提出。なお、休業4日以上の場合は、速やかに提出する必要があり、休業4日未満の場合は、4半期ごと(1月、4月、7月、10月)に提出します。
- パターンAのように「合理的に業務外」と判断できる場合でも
- 行事の位置づけ(案内文、勤務扱い)
- その判断をした理由
を社内でメモしておくと、後のトラブル予防につながります。
なお、労災にならない場合でも、店舗に対する損害賠償請求はあり得るところです。
6.忘年会を企画する際のチェックポイント
労災リスクも踏まえ、企画段階で最低限整理しておきたいのは次の3点です。
- 「業務か自由参加か」をはっきり決め、文言と運用を一致させる
- 「自由参加」としつつ評価や人事で不利益を与えない
- 幹事・運営担当が「業務として」かかわる範囲を意識する
- 総務の仕事としてやらせるのか、有志ボランティアなのかを社内で区別
- 食品衛生・安全配慮の観点を押さえる
- 信頼できる店舗選定
- 体調不良者・アレルギーへの事前配慮
- 無理な飲食・飲酒を求めない方針の周知
7.まとめ:忘年会の位置づけが労災判断のスタート地点
- 忘年会の食中毒が労災になるかどうかは、「忘年会への参加が業務かどうか」が出発点になる
- 一般的な自由参加の慰安忘年会は、原則として業務外
- 事業活動と密接に関連し、参加が実質強制、あるいは幹事が職務として関与している場合には、業務災害となる可能性がある
- 実務では、
- 行事の位置づけ
- 参加の自由度
- 幹事の役割
を整理し、ケースごとに判断していくことが重要
忘年会を「なんとなく毎年の恒例行事」で済ませず、業務性の有無を一度整理しておくことで、トラブル防止と安心した運営への近道になります。
