療養、育児または介護と仕事を両立するために勤務時間を短くした結果として給与が大きく下がっても、通常の随時改定では標準報酬月額の見直しまで時間がかかります。
厚生労働省は、こうした負担のずれを早期に解消するため、一定の要件を満たす場合に報酬が減少した月の翌月から標準報酬月額を改定できる特例を示しました。本記事では、2027年1月1日から始まる特例の対象者、手続、企業が注意すべき点を整理します。
今回の通知で何が変わるのか
標準報酬月額は、健康保険・厚生年金保険の保険料や一部の保険給付を計算する基礎です。通常の随時改定(月額変更)は、固定的賃金の変動があり、その後3か月間の報酬などを確認してから行います。そのため、療養等との両立を目的に就労時間を調整した結果として給与が急減しても、従前の標準報酬月額に基づく保険料負担がしばらく続く構図となっていました。
今回の特例では、要件を満たして事業主が届け出れば、固定的賃金の変動の有無にかかわらず、報酬が減少した初月の報酬を基に、翌月から標準報酬月額を改定できます。通常の随時改定とは別枠の取扱いである点が重要です。
| 確認項目 | 特例の概要 |
|---|---|
| 適用開始 | 2027年(令和9年)1月1日 |
| 改定時期 | 報酬が減少した月の翌月から |
| 算定の基礎 | 報酬が減少した初月に受けた報酬の総額 |
| 固定的賃金の変動 | 有無を問わない |
| 本人同意 | 書面による同意が必要 |
特例改定の対象となる人
対象は、健康保険・厚生年金保険の被保険者と厚生年金保険の70歳以上被用者で、次の3要件をすべて満たす人です。
- 療養、育児または介護と仕事を両立するため、本人と職場の合意に基づく就労調整が行われていること
- 就労調整によって報酬が急減し、急減後の報酬に基づく標準報酬月額が従前より2等級以上低下し、その状態が3か月以上続くことが見込まれること
- 特例による改定について、対象者本人が書面で同意していること
「療養・育児・介護」の範囲
療養・育児・介護の範囲は、次のように定められています。
- 療養:本人が傷病の治療等を受ける場合、または家族の治療等に伴い本人が看護などの必要な対応をする場合
- 育児:小学校就学前の子を養育する場合
- 介護:要介護認定または要支援認定を受けている家族を介護する場合
対象外になるケース
- 報酬が減少した初月の翌月に被保険者資格を喪失する場合
- 報酬が減少した初月を含め、被保険者期間が3か月未満の場合
- 報酬が減少した初月の全期間にわたり勤務せず、報酬が一切支払われなかった場合
- 支払基礎日数が17日未満(一定の短時間労働者は11日未満)となる場合(※)
※報酬減少時の支払基礎日数は少し特殊で注意が必要です。所定労働日数を変更せず、使用関係が続いている場合、就労調整によって勤務しなかった日も、報酬支払の有無を問わず支払基礎日数に含める取扱いです。一方、後述する報酬回復時の増額改定では通常の随時改定と同じく、報酬の支払いがなかった日は支払基礎日数に含めません。
企業が行う手続と保存書類
適用事業所の事業主は、次の書類を日本年金機構の事務センターまたは年金事務所へ提出します。健康保険組合に加入している場合は、その健康保険組合にも同時に提出します。
- 被保険者報酬月額変更届(特例改定用)
- 事業主の申立てと対象者本人の同意を記載した「申立書兼同意書」
また、届出内容を事後に確認できるよう、出勤簿、賃金台帳、医師の診断書、子の年齢を証明する書類、要介護・要支援状態を証明する書類などを、届出日から2年間保存します。必要な書類は就労調整を実施する事情によって異なるため、就労調整を始める段階で証拠書類の種類と保管方法を確認しておきましょう。
本人への説明は保険料だけで終わらせない
標準報酬月額が下がれば、毎月の社会保険料負担は軽くなる方向に働きます。しかし、標準報酬月額は保険料だけでなく、将来の年金給付や傷病手当金・出産手当金にも関係します。このため、本人にこれらの影響も十分説明し、理解を得たうえで同意を得ることをお勧めします。
傷病手当金・出産手当金への影響を正しく理解する
傷病手当金や出産手当金の1日当たりの支給額は、原則として次の計算式で決まります。ここでいう「支給開始日」は、最初に傷病手当金や出産手当金が支給される日です。
支給開始日の属する月以前の直近12か月間の各月の標準報酬月額の平均
÷ 30日 × 3分の2
支給開始日以前に標準報酬月額が定められている月が12か月未満の場合は、その期間の平均額と、法令上定められた全被保険者の標準報酬月額の平均額を比較し、低い方を用います。
すでに支給が始まっている手当金への影響
傷病手当金や出産手当金の日額は、支給開始日において決まります。したがって、支給開始後に特例改定で標準報酬月額が下がっても、傷病手当金や出産手当金の日額に影響はありません。
一方で、傷病手当金や出産手当金の受給開始前に特例改定が行われており、日額の計算に特例改定で標準報酬月額が下がった月が含まれるケースでは、特例改定が傷病手当金や出産手当金の日額に影響することになります。
就労調整が終わり、報酬が戻ったときの対応
就労調整の終了などによって報酬が増え、増加後の報酬に基づく標準報酬月額が、特例改定後の標準報酬月額より2等級以上上昇した場合は、固定的賃金の変動の有無にかかわらず、速やかに届出が必要です。報酬が増えた初月の報酬総額を基に、新しい標準報酬月額へ改定します。
対象者については、就労調整の終了・縮小や給与回復を継続して確認できる管理が必要です。特例改定後も、通常の随時改定や定時決定の要件を満たす場合には、それぞれの届出を行います。
施行前に整えておきたい実務チェック
- 療養・育児・介護を理由とする勤務時間短縮などの申出ルートを明確にする
- 就労調整の内容、開始日、3か月以上継続する見込みを記録する
- 減少後の報酬と従前の標準報酬月額を比較し、2等級以上の低下を確認する
- 支払基礎日数と被保険者期間を確認する
- 保険料、将来の年金、傷病手当金や出産手当金への影響を本人に説明する
- 申立書兼同意書を取得し、根拠資料を2年間保存する
- 就労調整終了後の報酬回復を把握し、増額改定の届出漏れを防ぐ
まとめ
2027年1月から始まる特例は、療養、育児または介護と仕事を両立する従業員の標準報酬月額を、実際の報酬に合わせて早期に見直す制度です。対象要件の確認、本人への説明と書面同意、資料の2年間保存、就労調整終了後の増額改定まで、一連の管理が求められます。
グランサ社会保険労務士法人では、標準報酬月額の改定をはじめ、社会保険手続や両立支援に関するご相談を承っています。対象者の判断や社内の手続フローに迷う場合は、個別の勤務・給与状況を確認したうえで進めることをおすすめします。
参考資料
厚生労働省「療養、育児又は介護により報酬が急減した者についての健康保険法及び厚生年金保険法の標準報酬月額の保険者算定の特例について」(令和8年7月31日、保保発0731第4号・年年発0731第1号・年管管発0731第7号)
https://www.mhlw.go.jp/content/001731743.pdf
全国健康保険協会「傷病手当金」
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/benefit/injury_and_sickness_allowance/
厚生労働省法令等データベース「健康保険法」第99条第2項・「健康保険法施行規則」第82条第7項
健康保険法 / 健康保険法施行規則
※本記事は2026年8月24日時点の公表資料に基づく一般的な情報です。実際の適用・届出は、今後公表される様式や事務取扱いも含め、個別事情に応じてご確認ください。
