無期契約労働者(正社員)と有期契約労働者の労働条件が異なることについて、労働契約法20条違反が争われた2つの事件(ハマキョウレックス事件と長澤運輸事件)について、2018年6月1日に最高裁で判決が出されました。近年は労働契約法20条違反に関する地裁・高裁判決が相次いで出されている状況で、今回の最高裁判決は非常に重要な意味を持つため、ご紹介しておきたいと思います。
労働契約法第20条とは
まずは労働契約法第20条(以下、労契法20条とします。)の条文を確認しておきましょう。
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
(労働契約法 第20条)
今回の最高裁判決では労契法20条の解釈について様々な点について明らかにされました。以下、判決で明らかになった点を確認していきます。
労契法20条は私法上の効力を有し、同条に違反する労働条件は無効となる
労働契約法20条が有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違は「不合理と認められるものであってはならない」と規定していることや,その趣旨が有期契約労働者の公正な処遇を図ることにあること等に照らせば,同条の規定は私法上の効力を有するものと解するのが相当であり,有期労働契約のうち同条に違反する労働条件の相違を設ける部分は無効となるものと解される。
(ハマキョウレックス事件 最二小H30.6.1判決)
最高裁判決は上記のように判示し、会社側は労契法20条について単なる訓示規定にとどまる旨を主張していたものの、私法上の効力を有することが判決により明らかになり、さらに違反する労働条件は無効になることも併せて示されました。
労契法20条違反の場合、比較対象となる無期契約労働者の労働条件と同一のものになるわけではない
有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても,同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないと解するのが相当である。
(ハマキョウレックス事件 最二小H30.6.1判決)
このように、無効となった労働条件について、比較対象の労働条件がそのまま適用されるわけではないことが明示されました。
正社員の就業規則が適用されるのか?
正社員に適用される就業規則である本件正社員就業規則及び本件正社員給与規程と,契約社員に適用される就業規則である本件契約社員就業規則とが,別個独立のものとして作成されていること等にも鑑みれば,両者の労働条件の相違が同条に違反する場合に,本件正社員就業規則又は本件正社員給与規程の定めが契約社員である被上告人に適用されることとなると解することは,就業規則の合理的な解釈としても困難である。
(ハマキョウレックス事件 最二小H30.6.1判決)
ハマキョウレックス事件では最高裁で上記の通り判示されており、正社員に適用される就業規則と契約社員に適用される就業規則がそれぞれ完全に独立して作成されている場合において、労契法20条違反により違反となる労働条件について正社員の労働条件が適用されるわけではないことを明示しました。(但し、不法行為として損害賠償の対象となり得ます。)
それに対して、長澤運輸事件の地裁判決では『正社員就業規則が原則として全従業員に適用される者とされており、嘱託社員についてはその一部を適用しないことがあるとして、嘱託社員固有の労働条件については嘱託社員就業規則および嘱託社員労働契約書がこれを定めていたところ、嘱託社員の労働条件のうち賃金の定めに関する部分が無効である場合には、正社員就業規則の定める上記原則に従い、当該無効部分についてこれに対応する正社員就業規則その他の規程が適用されることになる』と判断していました。その点、最高裁では次のように判示されました。
嘱託乗務員について,従業員規則とは別に嘱託社員規則を定め,嘱託乗務員の賃金に関する労働条件を,従業員規則に基づく賃金規定等ではなく,嘱託社員規則に基づく嘱託社員労働契約によって定めることとしている。そして,嘱託社員労働契約の内容となる本件再雇用者採用条件は,精勤手当について何ら定めておらず,嘱託乗務員に対する精勤手当の支給を予定していない。このような就業規則等の定めにも鑑みれば,嘱託乗務員である上告人らが精勤手当の支給を受けることのできる労働契約上の地位にあるものと解することは,就業規則の合理的な解釈としても困難である。さらに,嘱託乗務員の時間外手当の算定に当たり,嘱託乗務員への支給が予定されていない精勤手当を割増賃金の計算の基礎となる賃金に含めるべきであると解することもできない。
(長澤運輸事件 最二小H30.6.1判決)
結局、『正社員就業規則が原則として全従業員に適用される者とされており、嘱託社員についてはその一部を適用しないことがある』という就業規則の定め方をしていた場合であっても、正社員の就業規則が適用されるわけではないことが明らかになったと言えます。但し、本件では嘱託社員の賃金が嘱託社員労働契約(再雇用者採用条件)によって定める旨が規定されていたためであり、嘱託社員の賃金の定め方について規定されていなかったならば、正社員の就業規則が適用されることがあるかもしれません。
当事務所で就業規則の見直しをさせて頂く際に「○○については別に定める」と規程に書かれているのに、肝心の別に定めたものがどこにも見当たらないということがよくあります。これは今回の判決からすると大変危険な状態ですので、そのようなことのないように、しっかり自社の規程を見直しておきましょう。
『期間の定めがあることにより』とは?
期間の定めがあることと労働条件が相違していることとの関連性の程度は,労働条件の相違が不合理と認められるものに当たるか否かの判断に当たって考慮すれば足りるものということができる。そうすると,同条にいう「期間の定めがあることにより」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である。
(ハマキョウレックス事件 最二小H30.6.1判決)
ハマキョウレックス事件では、「正社員と契約社員で異なる就業規則が適用されることにより労働条件の相違が生じているから、期間の定めの有無に関連して生じた相違である」とされていますし、長澤運輸事件でも、「嘱託社員の賃金が正社員の賃金規程ではなく嘱託社員の労働契約によって定められることにより労働条件の相違が生じているから、期間の定めの有無に関連して生じた相違である」としており、「期間の定めがあることにより」は、単に契約期間に差があることで足りるものと考えられます。
労契法20条は労働条件の相違があることを前提としている
労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件が期間の定めがあることにより相違していることを前提としているから,両者の労働条件が相違しているというだけで同条を適用することはできない。
(ハマキョウレックス事件 最二小H30.6.1判決)同条は,有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違があり得ることを前提に,職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して,その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり,職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。
(ハマキョウレックス事件 最二小H30.6.1判決)
このように労契法20条は有期契約労働者と無期契約労働者の間に労働条件の相違があることは当然の前提としています。よって、労働条件の相違があるだけでただちに労契法20条に違反するわけではないため間違わないようにしなければなりません。労契法20条はあくまでも『労働条件の相違が不合理であるか否か』を問題としています。
『その他の事情』について
労契法20条は無期契約と有期契約の労働条件の相違について不合理であってはならないとしており、不合理であるか否かの判断について次の3点を検討することを定めています。
- 労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度
- 当該職務の内容及び配置の変更の範囲
- その他の事情
このうち、『その他の事情』については内容が明らかではありませんでしたが、今回の最高裁判決では『その他の事情』についての考え方について参考となる内容が示されました。
両者の労働条件が均衡のとれたものであるか否かの判断に当たっては,労使間の交渉や使用者の経営判断を尊重すべき面があることも否定し難い。
(ハマキョウレックス事件 最二小H30.6.1判決)有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。
(長澤運輸事件 最二小H30.6.1判決)
今回の最高裁判決により、『その他の事情』については比較的幅広く検討されることが分かりましたが、今後の判例の積み重ねにより『その他の事情』の範囲がさらに明確になっていくものと思われます。
労働条件の相違についての評価は各手当ごとに行う
労働条件の相違が不合理であるか否かについて、賃金総額で判断する考え方と賃金の各項目ごとに判断する考え方がありましたが、今回の最高裁判決で賃金の項目ごとに判断する旨が明確にされました。
労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合,個々の賃金項目に係る賃金は,通常,賃金項目ごとに,その趣旨を異にするものであるということができる。そして,有期契約労働者と無期契約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,当該賃金項目の趣旨により,その考慮すべき事情や考慮の仕方も異なり得るというべきである。そうすると,有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。
(長澤運輸事件 最二小H30.6.1判決)
この判断は実務上非常に影響が大きいと考えられ、各賃金項目ごとの判断については次回で確認したいと思いますが、この判断によって賃金の見直しが必要になる企業は相当な数に上るものと思われます。