労働契約法第20条違反を争った長澤運輸事件において、各賃金項目ごとにどのような判断が下されたのかを確認します。なお、本件はバラセメントタンク車の運転手である嘱託社員(正社員として定年退職した後、再雇用されている。)が同じくバラセメントタンク車の運転手である正社員との待遇差について争った事案になります。
(判決文はページ最下部にてご確認いただくことができます。)
賃金項目ごとの判断 概要
手当等 | 正社員 | 嘱託社員(定年再雇用) | 不合理性の判断 |
基本給(基本賃金) | 在籍給+年齢給 | 所定の額(※1) | 請求対象外 |
調整給 | なし | 所定の額(※2) | 請求対象外 |
能率給 | 月稼働額×所定の率 | なし | 不合理でない |
職務給 | 乗車する車輌に応じて一定額を支給 | なし | 不合理でない |
歩合給 | なし | 月稼働額×所定の率(※3) | 不合理でない |
精勤手当 | 5,000円 | なし | 不合理(最高裁判断) |
住宅手当 | 10,000円 | なし | 不合理でない |
家族手当 | 配偶者5,000円 子5,000円(二人まで) | なし | 不合理でない |
役付手当 | 班長3,000円 組長1,500円 | なし | 不合理でない |
時間外手当 | あり | あり(※4) | 不合理(最高裁判断) |
賞与 | あり | なし | 不合理でない |
<注>
- 正社員の基本給額を上回っている
- 特別支給の老齢厚生年金が支給が開始されるまで
- 正社員の能率給よりも高い率(2~3倍程度)が設定されている
- 嘱託社員側は正社員より単価計算が低額になる点を主張
不合理性の判断において考慮すべき事項について
労契法20条において不合理性の判断において労働者の業務の内容、当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容、配置の変更の範囲、その他の事情を考慮するものとされていますが、これらについて本事件では次のように認定しています。
- 正社員と嘱託社員を比較して、業務の内容に違いはない。
- 正社員と嘱託社員の両者間で業務に伴う責任の程度に違いはない。
- 正社員と嘱託社員のどちらも業務の都合により配置転換等を命じられることがあるから、配置の変更の範囲に違いはない。
- 『その他の事情』は、労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではない。
- 定年制は定年退職するまで長期間雇用することを前提としており、賃金体系もそのことを前提に決定されていることが少ないくない。定年後に再雇用される者は長期間雇用することを通常は予定しておらず、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることが予定されている。また、定年後に再雇用される者は、定年退職するまで無期契約労働者としての賃金の支給を受けている。このような事情は、定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系のあり方を検討するに当たって、その基礎になるものであるということができ、労働契約法20条にいう『その他の事情』に当たると解するのが相当である。
以下、各賃金項目ごとの判断を詳しく見ていきましょう。
<能率給・職務給>
本判決では、正社員の基本給と嘱託社員の基本賃金を比較して後者の金額が上回っていること、嘱託社員の歩合給に用いる率が正社員の能率給に用いる率の2~3倍に設定されていること、団体交渉を経て嘱託社員の基本賃金と歩合給計算を嘱託社員に有利になるように変更してきていることを挙げ、職務給を支給しない代わりに基本賃金で収入の安定に配慮しつつ、歩合給の率を高く設定することで労働の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫している、と評価しました。
そして、正社員時代の「基本給+能率給+職務給」と嘱託社員となってからの「基本賃金+歩合給」の金額を比較して、その差が約2%~12%にとどまっているうえ、団体交渉を経て特別支給の老齢厚生年金の支給が開始されるまで2万円の調整給が支給される点を指摘し、嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても、正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で、嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である
、と判示しました。
<精勤手当>
精勤手当は、従業員に対して休日以外は休まず出勤することを奨励する趣旨で支給されるものであり、正社員と嘱託社員の職務の内容が同一である以上、皆勤を奨励する必要性に相違はないとした上で、精勤手当は従業員の皆勤という事実に基づいて支給されるものであるから、嘱託社員の歩合給の率が高く設定されていることに労務の稼働額を増やすことを奨励する趣旨が含まれるとしても、そのことをもって嘱託社員に精勤手当を支給しないことが不合理でないということはできない、と判示しました。
嘱託社員に精勤手当が支払われないのは労契法20条に違反するとしたうえで、比較対象となる正社員の労働条件(この場合であれば精勤手当)とただちに同一のものになるわけではないと述べました。さらに、嘱託社員の労働契約の内容を定める再雇用者採用条件において精勤手当について何ら定めがなく、嘱託社員に精勤手当を支給することが予定されていないことを鑑みれば、精勤手当の支給を受けることのできる労働契約上の地位にあると解することは困難であるともしました。
そして、精勤手当の支給を受ける権利が当然に発生するわけではないことを確認した上で、労働契約法20条違反という不法行為に基づく損害賠償として、正社員であれば支給を受けることができた精勤手当の額と同額の損害賠償金と遅延損害金の支払いを命じました。
精勤手当が支給されないことが労契法20条違反にあたり、一方で、精勤手当の支給を受ける権利を当然に有するものとは認められませんでした。しかしながら、不法行為に基づく損賠賠償が認められておりますので、今後、不合理の解消に向けて何らかの対応をせざるを得ないものと考えられます。
<住宅手当・家族手当>
住宅手当や家族手当は、いずれも労働者の提供する労務を金銭的に評価して支給されるものではなく、従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるから、使用者がそのような賃金項目の要否や内容を検討するに当たっては、労働者の生活に関する諸事情を考慮することになる、と指摘しました。
ことを述べ、それに対して、
そして、正社員には嘱託乗務員と異なり、幅広い世代の労働者が存在し得るところ、そのような正社員について住宅費及び家族を扶養するための生活費を補助することには相応の理由があるということができる嘱託社員は、正社員として勤続した後に定年退職した者であり、特別支給の老齢厚生年金の支給が開始されるまでは調整給を支給されることとなっている
点を挙げ、これらの事情を総合考慮すると、嘱託社員に対して住宅手当や家族手当を支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえない
、と判示しました。
<役付手当>
役付手当は、正社員の中から指定された役付者であることに対して支給されるものであり、(嘱託社員側が主張するような)年功給や勤続給的性格のものということはできないから、嘱託社員に対して支給しないことは不合理と認められない、と判示しました。
<時間外手当>
嘱託社員に精勤手当が支給されないことを不合理であると判断したことを受けて、嘱託社員の時間外手当の計算に精勤手当が含まれていないのは不合理であると判断しました。そして、労契法20条違反という不法行為に基づく損害賠償責任を負うことを判示し、損額の有無及び損害の額を審理させるために、この部分について高裁に差し戻しました。
時間外手当についても、精勤手当と同じく今後何らかの対応をせざるを得ないものと考えます。
<賞与>
賞与には多様な概念を含むこと、定年後再雇用という事情、年収が定年退職前の79%程度になることを想定していること、基本賃金や歩合給の仕組みが収入の安定に配慮しながら労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫された内容となっていること、といった事情を総合考慮すると、正社員との職務の内容や変更の範囲が同一であり、正社員に対する賞与が基本給の5ヶ月分とされている事情を踏まえても、不合理であると評価することができるものとはいえない、としました。
おわりに
長澤運輸事件では、ハマキョウレックス事件と同じく精勤手当が支給されないことが不合理な相違であり労契法20条に違反するとされました。両事件では無期契約労働者と有期契約労働者の職務の内容や責任の程度が同じで、人材活用の仕組みやその他の事情が異なるというケースでしたが、今回の判断枠組みからすると、有期契約のパートタイマーとの比較であったとしても、精勤手当が全く支給されない場合は労契法20条違反と判断される可能性が高いのではないでしょうか。(一方で、所定労働時間や所定労働日数の差に応じた精勤手当の金額差は不合理ではないとされるのではないかと筆者個人としては考えています。)この点については、今後の判例の蓄積を待つしかなさそうです。
両事件以外にも労契法20条違反を巡って、現在進行形で次々と裁判で争われていますし、報道によれば、今回の両事件の原告が加盟している労働組合が「二の矢、三の矢を放っていく」と気炎を上げているようであり、労契法20条を巡る争いは今後ますます目が離せない状況となっています。