盗難社有車が事故 会社に賠償責任?

 社有車が事故を起こし第三者に損害を与えた場合、会社に対して損害賠償責任が認められる場合があります。損害賠償責任は、自動車損害賠償保障法の「運行供用者責任」に基づく場合と、民法の「不法行為・使用者責任」に基づく場合がありますが、運行供用者責任は物的損害には適用されません。(下表参照)

  人身損害 物的損害

不法行為(民法709条)

使用者責任(民法715条)

対象 対象
運行供用者責任(自動車損害賠償保障法3条) 対象 対象外

 盗難された社有車が起こした事故の損害賠償が争われた事件で、会社側の損害賠償を認めた2審判決を最高裁が破棄・取り消しするよう命じました(最高裁第三小 R2.1.21)。果たしてどのような点がポイントになったのでしょうか。

注:本事件では人身損害が発生しておらず、運行供用者責任は争われていません。

<不法行為とは>

 事件を確認する前に、「不法行為」について確認しておきます。

 民法709条には不法行為について、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定められており、例えば、運転ミスで前方の車に衝突した場合には、相手方の損害を賠償しなければなりません。

 不法行為は、「A 故意又は過失」があり、「B 損害」が生じており、「C AとBの間に相当因果関係がある」という要件を満たしていることが求められます。

 以上のことから、本事件では「会社側の過失の有無」と「(過失があった場合)過失と事故の相当因果関係の有無」がポイントとなります。

<1審から最高裁までの経緯>

 会社側の「過失の有無」と、「過失と事故の相当因果関係の有無」について1審から最高裁までそれぞれの判断は下表のとおりです。1審と2審では会社側の過失を認める点では一致していましたが、過失と事故の相当因果関係の判断が分かれました。そして、最高裁では会社側の過失そのものを認めませんでした。

  賠償責任 会社側の過失 過失と事故の相当因果関係
1審 × ×
2審
最高裁 × × 判断せず(過失を否認したため)

 以下、それぞれの判断についてもう少し詳しく見ていきます。

<1審 賠償責任を認めず>

使用者(従業員)の過失 <○>

 駐車場が公道に面しており、駐車場への侵入を妨げるような壁や柵はなく、無関係な第三者の立ち入りを禁止するような構造や管理状況ではなかった。そうすると、社有車を施錠し第三者が鍵を使用できないように管理するべき注意義務があったと言うべきだが、施錠もせず鍵をサンバイザーに挟んだ状態で駐車していたことは管理上の過失がある、としました。

過失と事故の相当因果関係 <×>

 事故の直接の原因は、社有車を盗んだ者の居眠り運転という重過失であることを考慮すると、使用者側の社有車管理上の過失から本件事故による損害が発生するのが社会通念上相当であるとは認め難い、としました。

<2審 賠償責任を認める>

使用者(従業員)の過失 <○>

 第三者が使用できない状態で社有車を管理すべき注意義務があったとして、1審に引き続き使用者側に過失があった、としました。

過失と事故の相当因果関係 <○>

 社有車の管理・保管の不手際や落ち度からすると、深夜における社有車の盗難、居眠り運転、事故の発生という一連の因果の流れが予想できないとまでは言えないとして、過失と事故の相当因果関係を認めました。

<最高裁 賠償責任を認めず>

使用者(従業員)の過失 <×>

 会社は社有車の保管に関する規定を定めており、駐車時はドアを施錠し鍵を保管場所に戻すように定められていた。また、寮の食堂には鍵の保管場所が実際に設けられており、盗難防止措置を講じていたと判断。また、従業員が過去に何度か不適切な管理をしていたことについて、会社がそのことを把握していたとの事情も認められないとして、会社側の過失を否定しました。

<本事件からの教訓>

 本事件では、「社有車管理のルールを定めていたこと」と「ルールに沿った管理体制が整えられていたこと(=寮内に鍵の保管場所が設けられていた)」で使用者側の過失が否定され、判断の分かれ目になりました。

 なお、本事件では従業員のずさんな鍵の管理について会社の認識が無かったと認定されていますが、仮に従業員がずさんな鍵の管理をしていることを会社が把握しており、従業員に対して注意・指導を適切に行っていなかった場合は、会社側の過失が認められる可能性があったのではないかと思われます。

 盗難車による事故の場合、個々の案件により裁判所の判断が異なる可能性が高く(実際に本事件でも1審から最高裁まで判断が異なっています。)、「盗難→事故→裁判」となってしまうと、結果の予測は困難です。

 そもそも社有車を盗まれた段階で大きな損失ですし、その上に盗難車が起こした事故の損害賠償責任を負うようなことになれば、その損失は計り知れません。そうすると根本的に重要なことは「社有車を盗まれない」ということになります。その為には、「社有車使用のルール策定」「社有車管理体制の整備」「従業員教育」が重要ということです。

 交通事故の損害賠償は思わぬ高額になることもありますから、日頃から地道な対応を続けることが重要です。

<参考 使用者責任とは>

 民法715条には使用者責任について、「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」と定められており、例えば、従業員が社有車を運転していたところ、不注意で衝突事故を起こした場合(=従業員による不法行為) には、事故を起こした従業員だけでなく、会社も損害賠償責任を負うことになります。

 また、使用者責任の「事業の執行について」という点については、外形上の判断がなされます。例えば、従業員が仕事をさぼってパチンコに行くために会社名の入った社有車を運転し事故を起こしてしまった場合、第三者からは仕事に関係しているように見えることから、「事業の執行について」の要件を満たすものとされるため、会社にとっては怖い内容です。

<参考 運行供用者責任とは>

 自動車損害賠償保障法3条には運行供用者責任について、「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる」と定められています。

 ここで言う「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは、自動車の使用について支配権を有し、かつ、その使用により享受する利益が自己に帰属する者を意味する」(最高裁 S43.10.18)との判断がなされています。

 盗難車が事故を起こした場合、車の所有者は既に自動車の使用について自らコントロールすることはできず、さらに自動車の運行利益も享受できないことから、車の所有者に対して運行供用者責任が問われることはないと考えられます。