賃金請求権延長の法改正はどのような影響があるか?
新型コロナウイルス感染症の対応で忙しいはずの国会ですが、賃金請求権の延長という、企業実務に大きな影響を与えかねない改正法がいつの間にか可決されていますので、ご紹介しておきたいと思います。
賃金請求権の消滅時効延長
これまで賃金請求権の消滅時効は2年(退職金等の一部例外は除く)とされていましたが、これが5年(但し、当分の間は3年)に延長されました。消滅時効の延長が適用されるのは、2020年4月1日以降に支払期日が到来する賃金請求権になります。
なお、具体的には次のものが消滅時効延長の対象となります。
- 金品の返還(労働基準法第23条 但し、賃金の請求に関するものに限る。)
- 賃金の支払い(労働基準法第24条)
- 非常時払い(労働基準法第25条)
- 休業手当(労働基準法第26条)
- 出来高払制の補償給(労働基準法第27条)
- 時間外・休日及び深夜労働に対する割増賃金(37条)
- 年次有給休暇の賃金支払い(労働基準法第39条)
- 未成年者の賃金(労働基準法第59条)
うちはきちんと賃金を支払っているので関係ないというご意見はもっともですが、今まさに新型コロナウイルス感染症の影響で休業手当を支払っている企業も多いと思います。
非常時でもありキャッシュが苦しいかもしれません。休業手当の金額がうっかり労基法所定の金額未満であったり、そもそも休業手当が支払えないことがあるかもしれませんが、そのような場合は未払い賃金として後から請求される可能性があります。
コロナ禍が落ち着いて、さあこれから頑張るぞ、という時になって未払い休業手当の請求で足を引っ張られる、ということがあるかもしれません。
付加金の請求期間延長
これまで付加金の請求期間は2年とされていましたが、これが5年(但し、当分の間は3年)に延長されました。
なお、付加金は労働基準法第114条に定められており、「解雇予告手当、休業手当、割増賃金(いわゆる残業・深夜・休日手当)、有給休暇の賃金」の支払い義務に違反した場合、労働者の請求により、裁判所は未払い賃金額と同一額までの付加金を支払うよう命ずることができます。
例えば、裁判で争った結果、未払い賃金額が100万円で決定されたとします。その場合、裁判所は最大で未払い賃金額と同額の100万円までの付加金支払いを命じることができますので、100万円(未払い賃金)+100万円(付加金)=200万円の支払いが必要になることもあり得ます。
賃金台帳などの記録の保存期間延長
賃金台帳などの記録の保存期間は3年とされていましたが、これが5年(但し、当分の間は3年)に延長されました。従って、記録の保存期間について当分の間は実務上の変更は無いということになります。
なお、具体的には次の記録が対象となります。
- 労働者名簿
- 賃金台帳
- 雇入れに関する書類(雇用契約書等)
- 解雇に関する書類(解雇通知書等)
- 災害補償に関する書類(領収書等)
- 賃金に関する書類(賃金辞令等)
- 労働関係の重要な書類(出勤簿、タイムカード、労使協定書、退職届等)
- 労働基準法施行規則・労働時間等設定改善法施行規則で保存期間が定められているもの
まとめ
今回ご紹介した3点については「当面の間は3年」とされているため、未払い賃金の請求がされた場合、単純計算でこれまでの1.5倍の金額が争われることになります。「当面の間は3年」がいつまで続くのか分かりませんが、いずれは改正法の条文どおりの「5年」が消滅時効となり、その場合は単純計算で2.5倍の金額が争われることになります。
そうなってくると、中小零細企業であっても未払い賃金の額が数百万円から1千万円以上となることも十分あり得るところで、これまで以上に適切な賃金支払いが重要になってくるでしょう。