募集・採用の基本的注意事項をおさらい
従業員の募集から採用を決定するまでの過程において、募集者の義務や制限事項・禁止事項が意外に多いものです。初めて従業員の募集・採用を行う場合はもちろんのこと、従業員の募集・採用に慣れている場合であっても、知らずに危険な募集・採用をしてしまっているかもしれません。
募集・採用の基本的な事項をピックアップしましたので、経験者・未経験者問わず内容を確認してみて下さい。(なお、主に新卒採用をする場面で問題となりやすい事項については省略しております。)
労働条件の明示(募集から採用まで)
労働者を募集する際に労働条件等の明示が定められています。明示が必要な具体的な事項は次のとおりです。(職業安定法第5条の3、職業安定法施行規則第4条の2)
<募集時に明示が必要な具体的事項>
- 業務内容
- 契約期間
- 試用期間
- 就業場所
- 始業・終業時刻、時間外労働、休日労働、休憩
- 賃金
- 社会保険の適用
- 募集者の名称、氏名
- 派遣労働者としての募集であるか否か
- 職場での受動喫煙防止措置
なお、募集時に明示した労働条件を採用までの間に変更する場合は、変更内容を明示することが必要です。原則は書面による明示ですが、希望がある場合はメールやファックスでの明示も可能です。(職業安定法第5条の3第3項、職業安定法施行規則第4条の2第2項)
<変更の明示が必要なケース>
- 当初の明示と異なる内容の労働条件に変更する場合(基本給30万円としていたものを29万円に変更する場合など)
- 当初の明示に幅を持たせていた場合で、具体的な労働条件を決定した場合(基本給25万円~30万円の範囲で経験等を考慮して決定するとしていたものを、具体的に29万円で決定する場合など)
- 当初の明示にあった労働条件を削除する場合(基本給29万円+営業手当3万円としていたものを基本給29万円だけに変更する場合など)
- 当初の明示になかった労働条件を追加する場合(基本給29万円としていたものを基本給29万円+住宅手当1万円に変更する場合など)
採用選考時の注意点
民法521条第2項では契約自由の原則が定められており、労働契約も契約の一種ですから、採用判断に必要な情報を求職者から収集する権利を有します。しかしながら、無制限に情報収集を認めることは適当でないことから、募集時の情報収集に制限が設けられています。(職業安定法、男女雇用機会均等法、雇用対策法、障害者雇用促進法など)
以下の事項については、採用の判断にあたって真に必要な範囲で必要最小限の情報収集にとどめるようにして下さい。以下の情報について収集が禁止されているわけではありませんが、収集が必要なのであれば、その理由を合理的に説明ができるようにしておきましょう。
<本人の能力や適性等に関係しない内容>
- 本籍や出生地に関する内容
- 家族に関する内容(職業、続柄、健康状態、病歴、学歴、収入、資産、社会的地位など)
- 居住環境に関する内容(間取り、戸建て・マンションなど住宅の種類、近隣施設など)
- 生活環境や家庭環境に関する内容
<思想・信条に関する内容>
- 宗教に関する内容
- 支持政党に関する内容
- 人生観や生活信条に関する内容
- 尊敬する人物に関する内容
- 思想に関する内容
- 労働組合活動や学生運動などの社会運動に関する内容
- 購読している新聞・雑誌や愛読書に関する内容
健康診断や身元調査について
<健康診断>
採用選考の過程で健康診断を実施することは禁止されていませんが、健康状態は究極の個人情報とも言えるほどであり、慎重さが求められます。
健康診断を実施する場合は、①健康診断の実施項目は職務遂行能力や職務への適性を判断するのに必要最低限にとどめて、かつ、②健康診断の目的や内容を応募者本人へ伝えて同意を得たうえで実施して下さい。
本人に無断で健康診断を実施したことにつき争われた事例として、東京都(警察学校・警察病院HIV検査)事件(東京地裁 平12.5.28判決)やB金融公庫(B型肝炎ウイルス感染検査)事件(東京地裁 平15.6.20判決)などがあり、いずれも本人に無断で実施した健康診断は違法との判断です。
<身元調査>
本人に無断で行われ身元調査の事実を本人等が知った場合、求職者からプライバシー侵害で訴えられたり、不当な身元調査を行う会社であるとしてSNS等で外部に拡散し、会社の社会的信用が失墜するおそれもあります。
採用する側としては「本人の能力や適性」だけでなく、人柄や社風との相性等、総合的な判断をするために幅広く情報を収集したいと考えることは当然ですが、先述したようなリスクがあることを考えれば、身元調査の実施は慎むべきでしょう。
年齢制限の禁止
労働者を募集するにあたって、年齢による制限は原則禁止ですが、例外的に次の場合には年齢制限が認められます。(労働施策総合推進法施行規則第1条の3)
<例外的に年齢制限が認められるケース>
- 定年の定めがある場合で、定年未満の年齢制限をして期間の定めのない雇用をする場合(例えば、定年が60歳の会社で60歳未満の年齢制限を設けての募集はOK。但し、45歳~59歳といった下限年齢を設けるのはNG。)
- 法令により特定の年齢層の就労が禁止・制限されている場合(例えば、18歳未満の就業が禁止されている業務で募集年齢を18歳以上とすることはOK。)
- 長期勤続によるキャリア形成を図る観点から、若年者等を期間の定めのない雇用をする場合(職務経験ありを条件としている場合や、下限年齢を定めている場合等はNG)
- 特定の職種において特定の年齢層に偏りがあり、人数の少ない年齢層を補充するために期間の定めのない雇用をする場合(例えば、調理師の30歳~35歳の年齢層が他の年齢層に比べて半分以下の人数となっていて、30歳~35歳に限定して募集することは可能)
- 芸術や芸能の分野で年齢制限が必要な場合(例えば、子役の募集をする場合など)
- 60歳以上の高年齢者、就職氷河期世代の不安定就労者・無業者、その他特定の年齢層の雇用を促進する国の施策がある場合(例えば、60歳~69歳といった上限年齢を設けるのはNG)
不採用情報について
採用選考で不採用となった者から不採用理由の問い合わせが入ることがありますが、不採用理由は個人情報保護法第28条第2項第2号に定める「業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」に該当すると思われます。
また、厚生労働省の雇用管理分野における個人情報保護に関するガイドライン 事例集でも選考に関する個々人の情報が「非開示とすることができる事項の例」として挙げられています。
従って、不採用理由の問い合わせがあっても、回答を控えて差し支えないと考えられます。なお、余計な面倒を避ける意味では、募集時や採用選考時に不採用理由は開示しない旨を予め明示しておくのもよいでしょう。