裁判例から考える 年次有給休暇の時季変更権の将来について

 地裁レベルではありますが、年次有給休暇の時季変更権について考えさせられる裁判例がありました。裁判例のご紹介とともに筆者なりの考えを示したいと思います。

事案の概要(東京地裁 令和5年3月27日判決)

 本事案は新幹線の乗務員として勤務していた者が、会社が行った年次有給休暇の時季変更権の行使が違法であるとして、慰謝料を請求したものです。

 この会社では、年次有給休暇を使用するにあたり、以下の運用を行っていました。

  • 年次有給休暇の使用を希望する場合は、前月20日までに年休申込簿へ希望の年休使用日を記入して会社に届出る。
  • 会社は、上記届出も踏まえた上で、代替要員を織り込んだ勤務指定表を作成して発表し、さらに各日の5日前に日別勤務指定表を発表する(この時点で確定)。

 また、会社は下記の配慮を行っていました。

  • 年度内に平均20日の年次有給休暇を取得できるように適正な要員を確保するという観点から基準人員を算出し、これに基づいて各運輸所に所要の乗務員を配置していた。
  • 年度中に配置要員数や臨時列車等の増減の予想を踏まえて、休日勤務指定制度を活用しながら、乗務員が年休を取得しやすくする対応をしていた。

 筆者の感覚としては、年休が取得しやすくなるように十分な配慮がなされていたように感じます。また、勤務シフトの最終確定が5日前という点についても、欠便を出さないことが高度に求められる公共交通機関であることを考えれば、致し方ないように思いました。

裁判所の判断

 これに対して、東京地裁はまず一般原則を示します。

 恒常的な要員不足状態に陥っており、常時、代替要員の確保が困難な状況にある場合には、たとえ労働者が年休を取得することにより事業の運営に支障が生じるとしても、(中略)労働基準法第39条5号ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たらず、(中略)時季変更権の行使は許されないものと解するのが相当である。

 そして、一般原則を示した上で次のように判断をします。

 会社は、本件期間において、(中略)甲らに対し、恒常的な要員不足の状態のまま時季変更権を行使し、時季変更権を合理的期間内に行使せず(中略)、また、(甲らは)年休の届出をした前月20日から各日の5日前に時季変更権が行使されるか否かが確定するまでの期間、不安定な立場に置かれ、(中略)以上のような会社の債務不履行の内容及び甲らの精神的苦痛の実情に照らせば、会社は、(中略)慰謝料の支払義務を負う。

本事案に対する筆者の考え

 先にも述べたように、新幹線の乗務員という点を考慮すると、会社側の対応は悪くなかったと個人的には思います。

 ここからさらに改善できることと言えば、人員を増やすことか、もしくは勤務割の確定を早めるかのいずれかかと思います。(将来的には新幹線の自動運転という選択肢も入ってくるとは思いますが。)

 しかし人員を増やすと言っても、余剰人員を抱えることは通常しません。それは民間であっても国・地方公共団体であっても同じことです。ましてや労働人口の減少に伴って採用難が今後も続くことを考えると、余剰人員を抱えることが物理的に不可能となっていくでしょう。

 また、勤務割の確定を早めた場合はその分、突発的な病気等による勤務割確定後の変更が生じる可能性が高まります。人間とは不思議なもので、確定したものが変更になると気分を害することが多くなります。勤務割の確定を早めるということは、気分を害する可能性を高めるということでもあり、職場の良好な人間関係を阻害する要因になりかねない点は見過ごせないところです。

 これらから筆者が思うのは、やはりこれからの時代、時季変更権の行使にあたって、恒常的な要員不足の点については要件の緩和が必要ではないか、ということです。勿論、何の配慮もしていない場合は別ですが、本事案のように人員配置や諸制度により年休が取得しやすいような配慮が一定程度行われている場合には、時季変更権の行使を認めるべきではないかと思います。人口減少社会であることを考えると、このままでは時季変更権が形骸化しかねません。

 そのためには省令や法令の改正が必要になるでしょうが、政治・行政がしっかり機能してくれることを期待するところです。