退職金全額不支給の最高裁判決について

 御社には退職金制度はございますでしょうか?そもそも退職金制度は任意の制度であり、退職金制度が無いことも多いかと思いますが、退職金制度がある場合に参考となる最高裁判決(第三小法廷 令和5年6月27日判決)が出ていますので、ご紹介したいと思います。(判決の全文はこちらから)

事件の概要

 宮城県の公立学校教員(当時)が酒気帯び運転(検挙後、罰金35万円の略式命令)で物損事故を発生させました。本件事故は実名報道がされ、全校集会や保護者会を開催して生徒・保護者への説明を余儀なくされ、また元教員の学級担任の業務等を他の教諭に担当させるなど、信用失墜や業務への多大な支障がありました。(この事故前には教職員の酒気帯び運転や酒酔い運転による検挙が相次いでおり、宮城県教育委員会からは服務規律の確保を求める通知が学校長宛に出されていました。また、飲酒運転に対する懲戒処分をより重くする規定の改定が行われて、周知文書が配布されていました。)

 これを受けて、宮城県と宮城県教育委員会は元教員に対して懲戒免職及び退職金全額不支給の処分をしました。

 元教員は懲戒処分の取り消しを求めて提訴し、二審の仙台高裁では懲戒免職については有効、退職金については3割の支給が妥当としていました。

最高裁判決の要旨

 退職金には勤続報償的な性格の他に、賃金の後払いや退職後の生活保障的な性格も有するが、宮城県の「職員の退職手当に関する条例」によれば、個々の事案ごとに退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、賃金の後払いや生活保障の性格を踏まえても、勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、退職金の減額や不支給ができるものと解することができる。

 諸般の事情を総合的に勘案することができるのは、平素から職務等の実情に精通している者の裁量に委ねるのでなければ、適切な判断を期待することができない。したがって、裁判所が行うべきは、使用者と同一の立場に立って処分の可否や処分の程度を判断し、その判断結果と実際にされた処分を比較してその軽重を論ずることではなく、退職金の減額や不支給が使用者の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、裁量権の行使が社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれの濫用があったかを判断し、逸脱や濫用があった場合に違法であると判断することである。

 そうすると、元教員が管理職ではなく、本件懲戒処分以外に懲戒処分歴が無く、約30年に渡って勤務状況に特段の問題は見られず、事故後に反省の情を示していること等を勘案しても、本件退職金不支給処分は、社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない。その他の違法自由も見当たらないから、退職金の全額不支給に違法はない。

最高裁判決で注目するべき点は

 本件と類似の裁判例として、小田急電鉄事件(東京高裁 平成15年12月11日判決)があります。この事件では電鉄会社の従業員でありながら電車内での痴漢行為を繰り返し、昇給停止及び降職処分を受けたにもかかわらず、再度電車内での痴漢行為を行ったため懲戒解雇されて退職金も不支給とされました。東京高裁は懲戒解雇を認める一方、退職金については私生活上の非違行為であること等を理由に、賃金の後払いとしての性格も考慮して一定割合での支払いを認めるべきとして、本来の支給額の3割の支払いを命じました。

 これ以降は、他の裁判例でも退職金の全額不支給を否定して一部支払いを命じる判決が増えたように思いますが、今回最高裁が裁量権の逸脱・濫用の有無を判断基準として退職金の全額不支給を判断したことで、同種の裁判に今後の影響を与えるのではないかと思います。(勿論、非違行為の内容や退職金の制度設計、その他の事情により個別事案ごとに慎重な検討を要することに変わりありません。)

 その他、今回の最高裁判決では宇賀克也裁判官が反対意見を出しています。反対意見の中で3つの例(本件以前に高校教員が飲酒運転で停職処分とされた例、宮城県職員が飲酒運転で停職処分とされた例、本件以後に警察官が酒気帯び運転で停職3か月とされた例)を挙げて、他の事例との比較において処分の重さの整合性が取れない点を批判しています。

 ここから学ぶべき点は、懲戒処分の判断基準にぶれが生じないように気を付けなければならないということでしょう。同じ非違行為であるにも関わらず、Aさんは減給処分でBさんは始末書を書かせただけ、というようなことが無いようにしなければなりません。