アルバイトの退職 確認怠り事件に発展
従業員が退職するとき、皆様の会社では何か決められた手順などございますでしょうか?
「必ず退職願(または退職届。以下、退職届を含みます。)を書いてもらって、退職前と退職後に関する説明も行っています。」や「正社員には退職願を書いてもらってるけど、パート・アルバイトは口頭で済ませています。」または「出社してこなくなったら『あ、辞めたんだ。』って感じですね。」など、色々と対応の仕方が違うかと思います。
今回は、アルバイトの退職について確認が不十分だったために、裁判にまで発展した事例をご紹介します。
事件の概要
- Aさんは平成20年8月頃に飲食業を営むB社にアルバイトとして採用され、平成30年12月までは週6日ほど勤務していた。
- Aさんはシフト制で働いており、決められた出勤日数は無かった。出社希望日を店長に伝えたうえで、店長が各人の希望を考慮しながらシフトを作成し、確定したシフトに従ってAさんは働いていた。
- Aさんは、平成31年3月は3日しか勤務せず、以降のシフト希望を出さなかった。
- Aさんからシフト希望が出てこなかったので、平成31年3月12日に店長が「もう来ないのか」とAさんに尋ねると、Aさんは「3月末か4月半ばには辞める」と答えた。この時点でAさんの私物は店舗に置いたままで、店舗の鍵も所持したままであった。
- 店長は翌3月13日にはB社取締役にAさんの退職を報告して、後任の採用活動について許可を得た。
- 平成31年4月10日に店長からAさんへ社会保険喪失の関係で電話したところ、Aさんは「辞めると言っていない。今は休むが復帰するつもり」と答えた。この時、Aさんは復帰時期を明らかにしなかった。
- B社は平成31年4月下旬にAさんの社会保険を喪失させて、退職扱いとし、令和元年7月頃に退職証明書をAさんに交付した。
- 退職証明書には、退職日は平成31年3月31日、退職理由は「4⽉半ばに退職するという旨を本⼈から聞いていたため、また3⽉12⽇の出勤を最後に⽋勤が続いているために退職処理をした」と記載があった。
- Aさんは合同労組に加入し、復職を目指して団体交渉を重ねたが、交渉はまとまらなかった。
- Aさんは復職を求めてB社を提訴。
- 一審の東京地裁では、退職時期が不明確であり、確定的に雇用契約終了の法律効果を生じさせる意思表示がされたとはいえないとして、退職が成立していないと判断。二審の東京高裁では、退職が成立していないとの判断を維持し、さらにバックペイ(B社が退職扱いせず、その後働いていればB社から受け取っていたであろう賃金)の支払いを命じた。(令和4年7月7日判決)
B社対応の問題点について
上記④の時点で、希望退職日を明確にして退職願を提出するように促すべきであったと言えます。本件のように、退職そのものを争ったり、退職日について争ったりするケースは案外ありますので、後になって「言った・言わない」にならないように退職願を提出させるべきです。
パート・アルバイトの場合、突然来なくなって退職扱いすることはあると思いますし、その全てを否定するつもりはありません。しかし、本件のAさんは採用から10年も経過しており、さらに社会保険にも加入したわけですから、Aさんが生計を維持するうえでB社での収入はそれなりに重要であったと想像ができます。そのような人がふわっと来なくなった場合は、後から気が変わって退職の撤回や退職日の変更を言い出したとしても何ら不思議はありません。退職願の提出を促すことで、退職意志をはっきりさせて後々のトラブルを予防するべきでしょう。
次に、上記⑥の時点でAさんの態度が変わっているので、B社としては一旦仕切りなおすべきであったと考えます。具体的には、まず復帰時期を明確にさせること。明確な復帰時期が本人から示されたり、「○○が終われば復帰時期を確定できるのでそこまで回答を待って欲しい」等の具体的な話が出てくるようであれば、復帰をきちんと考えていることが分かります。
一方で、復帰時期をいつまでも濁す場合は復帰があまり見込めないため、退職を促すように考えることになるでしょう。例えば、このまま出勤せずに在籍しても社会保険料の負担が発生することや、欠員が生じて他のスタッフに迷惑が掛かることなどを伝えて退職を促すことになるかと思います。
これらの対応を行っても復帰又は退職の態度をはっきりと示さないときは、期限までに復帰しない場合には退職となる旨(有期契約の場合であれば、このまま出勤の無い状態が継続するのであれば、次回の契約更新をしない旨)を文書で通知して、返答を待つことになるでしょう。
一般的に、就業規則には退職事由として「欠勤が30日以上続く場合」等が定められています。しかし、本件では上記②にあるように決められた出勤日数が無かったため、出勤が無いからといって欠勤とすることが難しい面があります。
だからと言って、出勤が無いのにいつまでも在籍させているわけにもいきませんので、相当の期間をおいて復帰しない場合は、退職の意思表示があったものとみなして退職扱いとする旨の文書を交付しておくという対応が考えられるわけです。
そういった意味では、上記②のシフト制で必要な出勤日数を定めておかないというのは、労使双方に気楽さというメリットがある一方で、退職の場面では本件のようにデメリット部分が顕在化するという点で、問題があると考える余地はあるでしょう。そこで、就業規則の退職事由に「正当な理由なく従業員が○月に渡ってシフト希望を一切会社に伝えないとき」のような条項を定めても良いのかもしれません。