事業場外みなし労働時間制についての私見

 昨年ですが、製薬会社でMR職(医療機関を訪問して医療品等の情報を提供し、また医療品の等の有効性・安全性に関する情報を医療現場から収集することを主な業務とする職種)として働く従業員の事業場外みなし労働時間制(労働基準法第38条の2)について、東京地裁、東京高裁で判決がありましたので、まずはそちらをご紹介したいと思います。

東京地裁(令和4年4月30日判決)

  • MR職の具体的な訪問先や訪問スケジュールは本人が決定しており、上司がその詳細について具体的に決定したり指示したりすることは無く、本人の裁量に委ねられていた。
  • MR職は訪問先や活動状況について週報を上司に提出することになっていたが、週報の内容は極めて簡易で業務スケジュールを具体的に報告させるようなものではなかった。
  • 平成30年12月から会社貸与のスマートフォンで位置情報をオンにした状態で出勤・退勤時刻の打刻をするようになったが、出勤から退勤までの間の具体的な業務スケジュールを記録するものではなかった。
  • 平成31年1月から顧客管理システムに訪問先や活動結果の種別等を入力するようになったが、具体的なスケジュールを入力するものではなかった。

 以上から、MR職の事業場外における労働については労働時間が算定し難い場合に該当し、事業場外みなし労働時間制が適用されると結論づけました。

東京高裁(令和4年11月16日判決)

 打刻の正確性や労働実態等に疑問があるときには貸与したスマートフォンを用いて、業務の遂行状況について上司に報告させたり上司から確認したりすることが随時可能であったから、労働時間を算定し難いとは言えないとして、事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。

本裁判例についての筆者私見

注:これより以降は筆者個人の主張を含みます。筆者個人の主張については何ら法的効力を保障するものではありませんので、そのつもりでお読みください。

 厚生労働省は、「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」の中で事業場外みなし労働時間制について次のように言及しています。

 事業場外みなし労働時間制は、労働者が事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定することが困難なときに適用される制度であり、使用者の具体的な指揮監督が及ばない事業場外で業務に従事することとなる場合に活用できる制度である。テレワークにおいて一定程度自由な働き方をする労働者にとって、柔軟にテレワークを行うことが可能となる。テレワークにおいて、次の①②をいずれも満たす場合には、制度を適用することができる。

① 情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと

 この解釈については、以下の場合については、いずれも①を満たすと認められ、情報通信機器を労働者が所持していることのみをもって、制度が適用されないことはない。

・勤務時間中に、労働者が自分の意思で通信回線自体を切断することができる場合

・勤務時間中は通信回線自体の切断はできず、使用者の指示は情報通信機器を用いて行われるが、労働者が情報通信機器から自分の意思で離れることができ、応答のタイミングを労働者が判断することができる場合

会社支給の携帯電話等を所持していても、その応答を行うか否か、又は折り返しのタイミングについて労働者において判断できる場合

② 随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと

以下の場合については②を満たすと認められる。

使用者の指示が、業務の目的、目標、期限等の基本的事項にとどまり、一日のスケジュール(作業内容とそれを行う時間等)をあらかじめ決めるなど作業量や作業の時期、方法等を具体的に特定するものではない場合

テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドラインより一部抜粋(太字は筆者による)

 現行のテレワークガイドラインの検討にあたっては、テレワーク中の従業員の一挙手一投足を常時監視するような労働時間管理は、かえって従業員の息が詰まってしまって不満が生じたり、生産性を逆に下げてしまうこともあるのではないか、という意見もあったようです。(https://www.rosei.jp/readers/article/79416 Web労政時報有料会員コンテンツより)

 私もこれまでの経験上、特に営業の方などからは時間に縛られずに働きたいという声を耳にしてきました。ある程度自律的に働くことのできる従業員については、事業場外みなし労働時間制のハードルを上げ過ぎないことが必要なのではないかと思います。

 本件MR職についてはかなり自律的な働きぶりだったことが窺えることから、(MR職の外勤業務とテレワークを同一視することはできませんが)MR職に貸与したスマートフォンから随時業務の遂行状況を確認することが可能であった(上司が常に確認することを義務付けたわけではない)というだけで事業場外みなし労働時間制の適用を除外することは、上記ガイドライン(特に太字部分)と比較して妥当ではないように思います。

 これについて筆者が言いたいことは、使用者側が一方的に事業場外みなし労働時間制を適用できる範囲を広げろいうことではなく、事業場外みなし労働時間制の活用を委縮させることがないようにということです。理想としては個々の従業員本人の同意を得た上で適用することが、労使双方にとって幸せなのではないかと思います。

 最後に、筆者が言いたいことをもう1度、箇条書きにまとめます。

  • 事業場外みなし労働時間制は労使双方がメリットを享受できるケースが確実に存在する。
  • 事業場外みなし労働時間制の適用基準を殊更に引き上げて事実上使えない制度とするべきではない。情報技術が発達したからといって、業務の進捗を常に把握して労働時間を正確に管理せよ(つまりは常に監視せよ)というのは誤りである。
  • 事業場外みなし労働時間制を適用する場合は、個々の従業員の同意を得ることが望ましいのではないか。(その代わり退職する前や退職後に文句を言い出すのはダメ。その前に労使双方で話し合って、事業場外みなし労働時間制の適用を受けない職務に変更するなどして問題解決しましょう。その為には風通しの良い組織である必要がありますね。)