話題の文章生成AIを労働分野で試してみました
Chat GPTを筆頭に文章生成AIが話題になっていますが、Bing AI チャットはマイクロソフト社が提供しており、Chat GPTとBing検索を組み合わせたもののようです。
試しに5月のメールマガジンとしてお薦めテーマをBing AI チャットに尋ねてみたところ、「配転」を提案されました。確かに春は人事異動が行われるタイミングなので若干の時期の遅れは感じるものの納得の結果です。(結局は提案されたテーマを採用しませんでしたが。)
さらにBing AI チャットの実力を試してみようと、配転をテーマにメールマガジンの文章を作成するように指示してみました。作成された文章を読み進めると気になる箇所が見つかりました。「労働者の同意が無い配転は違法」となっているではありませんか。
日本の場合、個別の事例判断で労働者の同意が無い配転が違法になるケースはあるものの、一般的には就業規則等に配転の規定を置くことで使用者に広範な配転命令権が認めらます。Bing AI チャットは逆に労働者の同意が無い配転は違法と回答しましたので、この時点で労働分野での利用はまだ実用に耐えないという印象を持ちました。
実力の検証をさらに進めるために、配転に関する重要判例である東亜ペイント事件(最二小 昭61.7.14判決)について尋ねてみたところ、こちらについては概要を正確に回答しました。
続いて、配転命令の権利濫用の判断に影響を与え得る近時の法改正を尋ねてみました。筆者は育児介護休業法の改正などが回答されることを想定して質問しましたが、Bing AI チャットは「労働契約法の改正」を回答しました。
労働契約法の改正で思い当たるところが無かったため、Bing AI チャットに具体的な条文を尋ねたところ、その解答は「第11条 労働者に対して、転勤先の地域又は期間、転勤に伴う費用負担その他の事項について、事前に十分な説明を行うことが求められます。(以下省略)。」というものでした。(なお、この回答については元の情報ソースを確認することができませんでした。)
労働契約法第11条は就業規則の変更に係る手続きについて定めた条文であるため、Bing AI チャットの回答は明らかな誤りです。
そこで、労働契約法第11条は就業規則の変更に係る手続きである旨をBing AI チャットに指摘したところ、Bing AI チャットは、就業規則の変更は労働契約法89条に定められていますと反論します。
またまたBing AI チャットは単純かつ明確な間違いをしました。そもそも労働契約法は21条までしかないのです。筆者が思うに、Bing AI チャットは労働契約法と労働基準法を区別できていないのかもしれません。(労働基準法第89条は就業規則の作成と届出について規定しています。)
今回のBing AI チャットの挙動については、インターネット上に労働分野に関する正確な情報が少ないことが原因なのではないかと思います。
日本の労働法制は法律条文だけでは十分でなく、その解釈を判例・裁判例に委ねる部分が非常に大きいため、正確な理解が非常に難しくなっています。そのため、インターネット上には誤った解釈に基づく解説などが氾濫しており、それらがAIの学習を阻害しているのではないかと想像します。
結論としては、Bing AI チャットなどの文章生成AIは、2023年4月現在において、日本の労働分野に関する質問に対して正確な回答をする事は難しいようです。もちろん質問内容によっては正確な回答もしますが、正確な回答か否かを判断するためには、人間側に高度な専門知識が必要になりますから、誰もが気軽に利用できる段階ではないでしょう。
従業員さんに何か質問をされた際に文章生成AIに頼って回答するのは時期尚早のようです。また、従業員さんが「AIはこのように言っているので、会社の対応はおかしいのではないか?」など主張してきても、AIが間違った回答をしている可能性がありますので、鵜呑みにするのは危険です。 労働分野に関しての実力は、現時点ではまだ人間の専門家が上回っているようですので、人間の専門家に頼って頂ければと思います。